思い出のメッセージ

第9回夢保育園 学習発表会[2022/2/18(金)]一般社団法人 夢保育園

市民会館(大ホール)58年間、ありがとうございます!感謝しています。この58年間に大きな感動を与えて頂きました。時代は、昭和、平成、令和、未来の時代へ!「ふわふわ」感覚。

政本憲一プロデュース 高槻和太鼓祭2021 山海〜sankai〜[2021/12/5(日)]和太鼓 政や

幼い頃、この高槻現代劇場で和太鼓の演奏を初めて鑑賞し、憧れを抱いた日がついこの間の事の様に思い出されます…客席で見ていた憧れの舞台に、立たせて頂ける事に感謝の思いを持ち臨みたいと思います。

第41回令和4年たかつき芸能フェスティバル[2022/3/13(日)]公益社団法人 高槻市観光協会

春の到来に彩を添える芸能フェスティバルも41回目を数え、日本舞踊の恒例行事に育ってきたのも市民会館があればこそと言えます。同館の閉館を迎え、一抹の寂しさと併せ今後の飛躍にむけて気持ちも新たにしています。

金光大阪中学校・高等学校吹奏楽部 第29回定期演奏会[2022/3/18(金)]金光大阪中学校・高等学校吹奏楽部

定期演奏会、コンサート、コンクール前のホール練習、etc・・・いつも金光大阪吹奏楽部を暖かく包んでくれました。私たちにとって、ホームのような場所でした。みんなこのホールが大好きです!ありがとうございました!!

第29回カジュアルコンサート[2022/3/30(水)]高槻中学校・高等学校吹奏楽部

現代劇場大ホールには、現役生はもちろん、男子校時代の同窓生も本当に多くの思い出があります。カジュアルコンサートをはじめ、これまでの部の活動は現代劇場大ホールあってこそでした。積年の感謝を胸に精いっぱい演奏したいと思います。

高槻市音楽団管楽部 第92回定期演奏会[2022/4/23(土)]高槻市音楽団管楽部

当楽団は、少なくとも1972年の第3回定期演奏会の時には既に市民会館大ホールを利用させて頂いており、来年で約50年となります。長い間共に活動してきたホールの閉館は、とても寂しく名残惜しいです。

高槻北高校吹奏楽部 第34回定期演奏会[2022/6/18(土)]大阪府立高槻北高校吹奏楽部

高槻北高校吹奏楽部は創部以来、ずっと高槻現代劇場で演奏会を開催してきました。このホールにたくさん、部員たちの演奏や思いが詰まっています。今まで本当にありがとうございました。

第20回阿武山音楽祭[2022/7/18(月・祝)]阿武山音楽会

地の利良く、大きな空間と客席数を誇る高槻現代劇場。市民が比較的リーズナブルに使える大ホールは高槻市の音楽愛好家にとって大切な財産でした。新しい芸術文化劇場も市民に身近なホールになることを期待しています。

高槻市文化団体協議会会長 宮原 保男

2022年、多くの思い出を残してくれた市民会館大ホールがその雄姿を消すことになり何か一抹の寂しさを感ぜずにはいられません。
漢詩人の許渾が詩の中で「昨日は少年、今は白髪」と言っているが、その思いは全ての人に当はまるであろう。58年間歩み続けた市民会館大ホールの足跡を愛おしみつつ先人の皆様のご尽力を感謝し今日という日を迎えられた幸せと悦びをそして感動に感謝しつつ思いの一端を綴ります。

高槻市コンサート協会会長 国久 昌弘

高槻市コンサート協会発足のきっかけとなった大阪府民劇場として開催されたベートーヴェン「第九演奏会」が大ホールで初めて開催されたのは、オープン10年目の1974年のことです。それ以来「第九」をはじめ、多くのオーケストラと共演する演奏会を開催し、新型コロナウイルスのため中止となった年を除き、45年間一度も欠けることなく続けられたのは、大阪市を除く府下最大のキャパシティをもったホールであったことです。現在の視点からみれば多くの欠点をもったホールでしたが、市の文化活動の中心としてその役割を果たしたことに感謝しています。

高槻ジャズストリート実行委員会代表 蓑輪 裕之

思えば開館間もない1969年に、高校生だった私が某楽器メーカーの全国オーディションの予選で初めてステージに立って以来のお付き合いです。当時から近隣の市民会館を圧倒するキャパシティで名を知られていました。また1999年から毎年お世話になっている高槻ジャズストリートでは、記憶に残るたくさんの素晴らしいステージを広く市民の皆様と楽しんでまいりました。本当にたくさんの思い出をありがとうございました!2023年に生まれかわる芸術文化劇場に引き継がれていく高槻市の素晴らしい伝統です。

たかつき能楽に親しむ会副会長観世流能楽師シテ方 田中 隆夫

わが町高槻の「文化の華を咲かすまち」として市民会館大ホールの役割は大変重要でした。特に、邦楽・日舞・古典芸能とりわけ「能楽」においては、平成21年より「たかつき市民能」を開催し、多くの方々に観能していただきました。また、特設舞台としての能舞台はひと際素晴らしく立派なもので、この舞台を利用するのは令和4年3月の第10回記念たかつき市民能が最後となります。愛着ある会館が閉館となり寂しさはありますが、令和5年より新らしく芸術文化劇場として生まれ変わるにあたり、引き続き伝統文化の継承と向上に努めて参りたいと思います。

高槻市音楽団管楽部岡田 将生

当団が年2回開催している定期演奏会はすでに90回を数え、そのほとんどを市民会館大ホールで開催しています。私個人としても第34回から出演し、60回以上ステージに立っています。吹奏楽を始めた頃は大きなホールで演奏できる喜びが大きかったのですが、回数を重ねるごとに愛着が湧き、今ではまるで我が家であるかのような気持ちで利用させていただいています。閉館は寂しいですが、今まで利用させていただいたことを感謝します。

高槻フィルハーモニーオーケストラ団長 下村 研司

市民会館大ホールは、私がちょうど小学校(川西小学校)に入学した年にできました。小学校での連合音楽会や中学校(第二中学校)では、オーケストラ(京都市交響楽団)の音楽鑑賞会があったことを思い出します。当時は大変立派な施設という印象があり、プロのピアニストのレコード録音が行われたと記憶しています。現在、高槻フィルハーモニーオーケストラの演奏会で、年2回お世話になっていますが、なくなってしまうのは、とても寂しい気持ちです。

高槻市合唱連盟会長 長谷川 房江

私にとっての最初の出会いは高校一年の文化祭が高槻市民会館で行われた事でした。開館間もない立派なホールに感動した事を覚えています。また関西合唱コンクールの舞台にもなり、高槻市民にとっては成人式の舞台でもあります。以後、歌う側から、客席で鑑賞する側から大ホールは音楽文化・舞台文化の発進基地として重要な役目をはたしてくださいました。生まれ変わる芸術文化劇場に次の舞台を託し、閉館される大ホールの沢山の思い出に深く感謝申し上げます。つい先日、孫の踊るバレエのコンサートがありました。半世紀を超えるお付き合いでした。

高槻市吹奏楽連盟会長・市立五領中学校校長西村 かず子

高槻市吹奏楽連盟の発足以降、市民会館大ホールには、サマーブラスコンサート・ブラスバンドフェスティバル・アンサンブルフェスティバルと年3回お世話になりました。連盟発足当時は、第一中学校の体育館・島上高等学校(現 槻の木高等学校)・金光大阪高等学校の体育館で演奏し、参加校も10校程度だったことが昨日のように思い出されます。市民会館大ホールでの初舞台。舞台袖で出番を待つ緊張した時間、タクトを振り上げる瞬間に輝く子どもたちの瞳、ホールに響く広がりのある音、盛大な拍手は忘れません。年月が流れ、当時の子どもたちが親となり、その子どもたちもこのホールに立たせていただいています。サマーブラスコンサートは、今年第36回を迎えました。連盟の立ち上げから関わり、吹奏楽部の顧問として27年、吹奏楽連盟の副会長・会長として13年。長い教員生活最後の年が、大ホールのフィナーレと重なるご縁を感じるとともに、芸術文化劇場が末永く市民に愛される場となりますことを祈念いたします。

高槻市バレエ協議会代表 渥美 桂子

1970年代のバレエブーム以降大ホールで公演を重ね、1986年にはバレエフェスティバルとして高槻市文化祭に参加、毎年の恒例行事となり多くの参加者と観客に恵まれました。思えば大ホールには昭和、平成、令和と50余年にわたりお世話になりました。大ホールが無かったら現在の渥美桂子バレエスクールも高槻市バレエ協議会もなかったと、古くなったプログラムを読み返して過ぎし日々を懐かしんでおります。多くの生徒と教師がこのホールから巣立って行きました。本当にありがとうございました。そしてお疲れさまでした。2023年春からは関係者一同力を合わせて新会館に相応しい舞台を上演したいと願っております。

大阪府立大冠高等学校吹奏楽部顧問 中原 由布子

北摂の高校吹奏楽部は、毎年6月に大ホールで「そよかぜコンサート」を行っています。「新入部員に発表の場所を!」という思いから始まったこのコンサートも、26回目を迎えます。参加校が協力して運営にあたり、生徒たちは絆を深めています。恒例の新入部員による「翼をください」の歌とパフォーマンスは、ご来場いただいた多くの方から「元気をもらいました」という言葉をいただいています。

淀川和太鼓フェスティバル実行委員会代表 河村 守

私たちは第7回〜第20回まで14年間、近畿圏内のアマチュア和太鼓チームと、この大ホールでフェスティバルを開催させて頂きました。毎年1,000人を超える和太鼓ファンの熱い応援があったからこそ続けてこられたと感謝しています。私たちは、この大ホールで和太鼓を演奏することが本当に楽しみでした。第21回目からはコロナ禍で開催できませんが会館スタッフの方たちには、これまで何かとお世話になり本当にありがとうございました。

マスミダンスサークル代表 TEPPEI (吉川 哲平)

生まれも育ちも高槻の私にとって市民会館は大切な場所でした。夏休みの映画鑑賞、高校時代でのダンスコンテスト出場、発表会公演や会議室を借りてのミーティングなど、数えきれない思い出が市民会館と共にあります。その中でも1番の思い出は私が新成人の時に成人代表として大ホールでダンスパフォーマンスさせていただいた事。
ありがとう市民会館。そして、芸術文化劇場よろしく!

竹本 克巳

402号室(4階大集会室)で結婚祝賀会開催。1979年12月に結婚した翌年の1月に、友人や職場の仲間が実行委員会をつくり、盛大に祝賀会を開催して頂きました。和太鼓やフルート・ピアノなどの演奏や寸劇・ゲームなどで沢山の方々に祝ってもらったのを思い出します。宴のクライマックスには、二人で酒樽の鏡開きもさせて頂き、出席者に祝い酒を振舞ったシーンが、今でも記念の日の1ページとして残っています。

新美 輝明

団塊の世代に属する私の市民会館の思い出なら結婚式場になります。およそ4〜50年前といえば職場の同僚の多くは20代。次々と当時主流の市民会館で挙式し、その頃から盛んになりだした海外ハネムーンに旅立ちました。心から羨ましく思った一方で、夏の黄昏時期になると、大ホールの周囲の階段にその予備軍であるカップルが集まるため、これを避けるために職員が毎日大量の水を階段に撒いていたとか。今はどんな風でしょうか?

日笠 克己

月日の経つのは早いもので、ふさわしい人にめぐり会え? 将来を共にする相手はこの人以外にないと、結婚44年、お陰様で、へこたれず体力も不自由なく、日々過ごす毎日です。
こんな二人の門出は、私の懐を見抜いていたか亡きオヤジのツルの一声に親孝行の積もりと美空ひばり、村田英雄等一流どころがやってきた夢の市民会館で当時あった神前式をあげた運びからです。 3月大雨の空の下、美味な料理で宴が最も盛り上がるべきケーキカットのケーキのお粗末さに「えー」と驚く若妻。
今も 愚妻の怒りはおさまらず、執念深い恨み節に、「またか」と黙々と平静さをよそおう昔イケメンの私旦那。
しかし、思えば私どもに今日の生活があるのは、縁あった市民会館で新しい人生の第一歩を踏み出したことに相違ありません。
そして、生まれ変わる会館が、多くの市民に「どっさり」と「夢」と「思い出」を与えてくれることしっかり見届けさせてくださいね !

内濱 治

開館した昭和39年は、私が市民会館に隣接する高校に入学した年であり、又、新幹線の開業、東京オリンピック開催等、経済の成長が感じられる年でした。会館の落成記念の一環でトニー谷の司会による人気テレビ番組の公開放送があり、雑踏整理のため警察官まで出張っていて驚いたのを覚えています。
市民会館は、それまで、遠い存在であった芸能や文化を身近に感じられる存在にしてくれました。これからも新館に期待します。

南部 光惠

市民会館が開館した1964年は人口急増期、高槻小学校の4年生だけが分校の形で会館近くの第一中学校南側にあった陸軍工兵隊兵舎跡の平屋の建物で学びました。大ホールに続く棟3階に高槻で初めてという図書館があり頻繁に通いました。当時はエレベーターがありませんでした。開館間もなく、視覚障がい者協会による「橋幸夫チャリティーコンサート」があり、ボランティアをしていた母について行くと警察官が立っていたので驚きました。友だちのピアノやバレエの発表会、小学校卒業式、中学・高校の芸術鑑賞会、友人の誘いで聴いた演奏会、関わっていた小学校PTAコーラスが参加した市民音楽祭、娘の中学校の行事など思い出され、さらに平成元年からは会館を管理・運営する高槻市文化振興事業団に勤務、市民会館との長いご縁が不思議でなりません。

和太鼓ファン

7月で終わるとききさみしいです。子どもの頃からあたり前のように存在していたので、いろいろ思い出もあります。高校生の頃には舞台に立たせてもらったこともありました。コンサートで来たこともありました。とても楽しい思い出ばかりです。感謝の気持ちでいっぱいです。和太鼓、ここ数年つづけて見にきています。音が体にひびいて日本のソウルを感じました。

高槻ジャズストリート実行委員会

高槻市のゴールデンウィークといえば高槻ジャズストリート。全会場入場無料のこのイベントにあって、メインゲストが出演するのが現代劇場大ホールです。20年を超えて、毎年ゴールデンウィークには穐吉敏子、日野皓正、海外からはサー・ローランド・ハナ、グラディ・テイト、バリー・ハリス等、世界を代表する著名なアーティスト達の素晴らしい演奏を多くの方に体感していただくことができました。市民会館、今までありがとう!

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